【終わりが見えない】38歳からの不妊治療は考えが甘かったです。
ケガや病気とは少し違いますが、病院に通院しています。不妊治療です。
私たち夫婦は結婚が少し遅く、主人が36歳、私が34歳の時に入籍しました。
子供はすぐに欲しい、という訳ではなくしばらくは夫婦二人で楽しく暮らして、自然の流れで妊娠すればいい、という考えでした。無知だったというのもあります。
本気で懐妊したいなら、年齢にも気を配って!
35歳を過ぎると妊娠しにくくなる、という事をあまり深刻にとらえておらず、そのうち妊娠するだろう、という考えでした。
私が38歳になった頃に、なかなか自然で妊娠できない事を真剣に考え出しました。
周りから病院に行った方がいいよ、とすすめられていたのですが腰が重く、予約の電話すらするのが億劫でした。
でも意を決して予約の電話をしました。
受付の人の口調は優しいけれど、流れ作業のような言い回しでした。
不妊の患者さんは多く、対応が大変なのだと思いますが、一人ひとりがとても辛い思いで勇気を出して電話しているという事をもっと勉強して欲しいと思いました。
基本はタイミング法から。適齢期を過ぎると人工授精も
産婦人科は、最初はタイミング法と言って、夫婦で取るタイミングの日を教えてくれるという金額的にも優しい方法から入るみたいですが、私の場合は年齢も年齢なのですぐに人工授精から入りました。
先生は、常にマスクをしていてあまり多くを語らない先生でした。
聞きたい事をあまり聞けないような雰囲気だったので、質問はほとんどせずにすぐに治療に進みました。
まずは、子宮の中の検査からでした。
検査の結果、何も問題がないようでしたのでそのまま人工授精に進みました。
1回目は失敗に終わりました。
私は体は健康な方で、どこかで1回で成功するんじゃないかと思っていましたがあっけなく失敗。
それから5回連続でチャレンジしましたが全部失敗に終わりました。
人工授精・体外受精の費用は?補助金は?
1回の人工授精で15,000円かかります。
その他に月に何度か病院に足を運び、薬も処方されるので1ヶ月で合計23,000円ほどかかります。
5回合計で12万ほどかかりました。
後日、申請をして市から補助金が75,000円出ました。
年齢的に人工授精では難しいと判断し、体外受精へステップアップすることにしました。
家から1時間以上もかかる病院に通う事になりました。
仕事もしているので、とても辛い通院となりました。
月に5回ほど通院しました。
1回目の体外受精は受精卵が育たず、中途半端に終わり金額は17万ほどかかりました。
補助金は全額出ましたが交通費やガソリン代はたくさんかかりました。
2回目も受精卵がうまく育ってくれず、32万かかり失敗に終わりました。
2度目以降の補助金は15万しか出ないので、17万の手出しと、他もろもろの経費は自腹になりました。
金銭的に厳しくなったので、また最初の病院に戻りステップダウンして治療を再開してます。
スポンサードリンク
こちらの記事も一緒に読まれています
関連記事
-
-
福祉の現場で働いている人の本音「本当にしんどいのは・・・」
わたしは今、知的障害者施設で働いている。 ここでは福祉の現場に携わってきてどう思っているか、書いてみ
-
-
ばね指の治療は医師次第?!効果抜群だった方法とは?
出産後、事情があり、搾乳して子供の入院している病院へ面会・通院を半年していました。毎日、胸が張ってき
-
-
「楽しかったよ」デイサービスに行きたがらなかった祖母の変化に思うこと
今、70代後半の祖母の介護をしています。 5年程前までは元気に生活を送っていたのですが、夫(祖
-
-
チョコレート嚢胞がエコー検査で発覚!私の結婚・出産どうなっちゃうの?!
子宮内膜症になった時の話です。 10月頃、買い物をしていたら今までに感じた事のない「ズキッ」っとし
-
-
イビキをかかない寝方!右を下にして寝るとよい?睡眠時無呼吸症候群向け
イビキがうるさいから離婚!・・・などということがあるそうです。 「たかがイビキ」と笑いたくなります
-
-
介護未経験・無資格のパートから出発してケアマネージャーになった話
私は職歴7年になる、ケアマネージャー資格を持つ介護士です。 私が介護職の道に入ったのは、恥ずかしな
-
-
【別人】アルツハイマーになった祖母が施設へ入るのを嫌がった結果
私の祖母が急に調子が悪くなり顔全体に黄疸が出てしまいすぐに大きい病院へいきました。病名がハッキリ分か
-
-
【闇深】ホームヘルパーとして訪問介護をしていて考えさせられること
私の就職活動時代は超氷河期だった上に介護保険法が始まった頃でもあったので、手に職を、と思い通信教育(
-
-
「どこ見ているの?」外斜視で恥ずかしい思いをしてきましたが手術で治しました。
私は物心がついた時に気になっていることがありました。それは外斜視です。 他人が見てもわかる程の斜視
-
-
「もうこりごり」アキレス腱断裂の手術は予後がすごく大変だった!
一昨年の5月のことです。 誕生日の前日、バレー大会に参加しているときのこと。 2ゲーム目に入った