【疑問】介護現場で本当に大切なことは?私が福祉事業を立ち上げる理由
介護の仕事を始めたのは私が20歳の時です。
短大を出てホームヘルパーの資格を取得してから老健に就職しました。
現場に入ってまず最初に感じたのは在学中に学んだ知識や介護技術は全く通じない事でした。
今思えば当然です。ご利用者様一人一人の様態や性格も違うのですから合わなくて当たり前なんです。
先輩達に知識と技術を教えて貰いながら、ご利用者様とのコミュニケーションの取り方も身につけていきました。
介護技術だけの現場に感じる疑問
三年程経ち介護なるものが少しずつ見えてきた時、日々に介護の中で常々感じることがありました。
ご利用者様に対する目配り、気配り、心配りです。
今だから言えますが、新卒で就職した老健は介護技術に長けていた施設だったと思います。各個人の介護力も高く自身の後術を高めるにはよい施設であったと思います。
しかしながら圧倒的に目、気、心への配慮は足りなかった。
淡々と介護をし業務をこなしていく。
入浴は芋荒いの様に時間に追われながら行い、リラクゼーションも何もないもの。
食事は楽しみもなく内服は食事にふりかけかと言わんばかりまぶす。
そんな老健は14年経った今もあると思います。
目配り・気配り・心配りの介護をめざして
そんな介護環境に嫌気がさし、また出産も控えていた為、その老健は4年の勤続で退社しました。
出産後つとめた介護施設は自分達で立ち上げたデイサービスでした。
と言っても、夫の親戚が立ち上げたデイサービスで介護経験が長い夫が管理者として勤めていました。
結婚当初より自分達で福祉事業を行いたいと思っていたので良い機会だったと思います。
今まで介護に感じていた違和感を払拭するように、目、気、心配りを第一としたデイサービスを運営していました。
ケアマネージャー達からも好評を頂いていました。
退社と起業への決意
しかし、デイサービスを立ち上げて三年後、社長であった親戚が脳溢血で急死しました。
息子さんが引き継ぐ形となったのですが、残念ながら父親を突然亡くしたショックから鬱病を煩い現場に立つことは困難をきわめ代理で義父が社長を勤めたのですが、全くの介護未経験者であり現場のベテラン職員からのプレッシャーによるストレスから義父も体調を壊してしまいました。
私たちがやりたかった介護はこんなものではないと思い、開設から5年後に夫婦で退社しました。
現在そのデイサービスは職場復帰を果たした息子さんが継いでいますが、評判はがた落ちしています。
今私たちは一から新たに福祉サービス事業を開設しようと計画しています。
勿論目配り、気配り、心配りに長け皆様の生活が輝かしく成るために尽くせる施設でありたいと思っています。
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