【闇深】ホームヘルパーとして訪問介護をしていて考えさせられること
私の就職活動時代は超氷河期だった上に介護保険法が始まった頃でもあったので、手に職を、と思い通信教育(スクリーニングあり)でホームヘルパー2級を取得し、卒業後は訪問介護の会社に就職しました。
最初はアルバイトですが、事務全般もさせて頂きながらすぐに正社員として雇用してくださいました。
ホームヘルパーとして就職して・・・
訪問介護ですのでおむつ交換などの短時間の身体介護もありましたが、やはり掃除や調理の家事援助が多かったように思います。
自分としては一生懸命掃除、料理はするのですが、やはり主婦のヘルパーさんにはとても敵わず、掃除は段取りが悪かったり料理のレパートリーが少なかったりとクレームがたくさん来てもおかしくないレベルでしたが、ご家族を含めどの利用者の方も優しく、労ってくださる方が多かったです。
その上会社の同僚たちも良い方たちで優しいのですが、厳しくも指導してくださり、介護精神というのか人間性も尊敬できる方たちでした。
訪問介護で学んださまざまなケース
勿論良いことばかりではありません。
利用者の中にはやはり気が合わないというか、ひとくせもふたくせもあり、私が一方的に嫌われることもありました。
かなり対応が難しい精神疾患の方もいて、そのご家族も病名は付いていなくても精神疾患があるように思えましたし、やがて訪問介護やデイサービスを利用しても在宅で介護を継続することはとても困難な状況になり、施設へ入所されました。
未婚の息子さんと同居されている利用者の方で家の中は散らかり放題、という所もありました。
片付けるには物を捨てなくてはいけませんが、使い終わっただろうと思い私が捨てたお味噌の袋が、まだ使うものだったのに、とお叱りを受けたこともありますので、どんなにゴミだらけに見えても捨てる時は必ず利用者に伺わなければいけません。
さまざまな家族の形により添い、理解すること
ご家族が同居で、良い環境で最期まで幸せに暮らす方もいれば、ご家族がいるが故に生活が困難で、結局施設へ入所される方もいらっしゃいます。
訪問介護は家族を含めて在宅介護を支援するお仕事です。
家族には歴史があって、それは家庭ができた頃、またはそれ以前からの長い時間の積み重ねですし、家族の問題はもしかしたら小さい頃からの育て方が理由になっているかもしれないほど根深いものだったりします。
ヘルパーとしては利用者宅のご家族との問題に悩んでも何も解決できない、そんなことばかりでした。
一方で近親者はまったくおらず一人暮らし、それでもご自分で毎日を大事に清々しく過ごされている方もいます。
自分はどう生きるのか、そんなことを考えさせられる毎日でした。
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