【身内全員で看取る】自宅で最期を迎えた認知症の祖父の介護の体験談
認知症の祖父がいました。
夜中にいきなり起きて徘徊、昼間も1人にすると何処かへ行ってしまいます。
1度、真夏の昼間に自宅を出て行ってしまい警察に捜索届けを出した事があります。
3時間後自宅から10キロ離れた交番で保護してもらいました。
介護を通して深まった家族の絆
体調等も崩さず良かったのですが、やはり介護疲れは隠せません。
我が家は三世帯で住んでいたので、みんなで介護という協力体制を組みました。
みんながみれない時はデイサービスにお願いし夕方誰か行ける人がお迎えにいくシステムを取りました。
誰か1人が大変ではなくなり、身内のコミニュケーションも取れて、前より仲良くなったのも認知症になった祖父のお陰です。
その矢先に親戚のおじさんもパニック障害を起こし仕事が上手く出来なくなってしまいました。
喋り方もおかしくなり自覚があるのか?あまり喋らなくなってしまいました。
出来るだけ認知症の祖父とおじさんとの時間を持つよう日曜日の夕飯はみんなで食べる、おしゃべりをする。笑う。
認知症の祖父が笑うと、みんなが笑い介護をしているということを忘れてしまいます。
どんなに辛くても笑顔になる一緒に笑うのが、凄く大切なんだなぁと実感しました。
私は祖父が亡くなる前に子供を出産しひ孫を見せてあげることが出来ました。
認知症の祖父も赤ちゃんのような感じでしたので誰かが一緒に持っての抱っこでしたが赤ちゃんというのは忘れてないんですね。ひ孫を見つめてニコニコと笑ってくれました。
入退院の生活から、自宅療養の道へ
その内、歩くことも出来なくなり高齢のため、寝たきりになり何度も入退院を繰り返しました。
小さくなって、やつれていく顔や体になり看護師さんやヘルパーさんのお世話になりお風呂もトイレも全てお任せしていた入院生活でしたが、最期は自宅でという私達の希望で、あと残り少ない時間を、身内全員で看ると決めました。
もちろん一日一回医師、看護師さんが様子を見てくれ点滴の交換もしてくれていました。
退院してから、お茶、ヨーグルト、お粥など日に日に食べる量が少なくなり、胃ロウをすることになりました。
口から物を食べることが、どんなに大切なことかもわかりました。胃ロウになると急激に体調が良くなくなってしまったのです。体力も更になくなったようで笑顔もなくなりました。
数日後の朝方、私の母の看護の時間に眠ったように亡くなりました。
息をしていないのが、わからないくらい本当に眠っているかのようでした。
自宅で、家族とともに看取るという選択
自分の生活していた自宅で祖父は亡くなりました。
祖父の気持ちは、わかりませんが身内の看護の中で、自宅で最期を迎えるのは私の理想かなぁと祖父を見ていて思いました。
介護は1人では絶対無理です。
どんなに愛している家族でも絶対無理だと思います。
協力者と自分のやりたいように無理なく介護するのがベストなんではないかとおもいます。
スポンサードリンク
こちらの記事も一緒に読まれています
関連記事
-
-
【朗報】介護福祉士の働き方の実態は?意外に選択肢は多い?
私は18の時に介護福祉士を取得しました。 福祉系の高校に通っていたので、介護福祉士を目指して勉強を
-
-
【予防接種の意味なし】インフルエンザの経過 大人の場合はこうなる!
インフルエンザの予防接種を昨年の10月頃に受けていたのですが、インフルエンザの予防接種というのはそも
-
-
はじめての訪問介護で食事作りに失敗!利用者さんが私に言った一言が・・・
高卒で正社員、介護の仕事に就きました。 特に人の役に立ちたいとか実践経験を積みながらスキルアップな
-
-
ケアマネージャーを変えたい!袖の下を要求された最低な体験談
義父は脳硬塞で半身にマヒが残り車椅子の生活をしています。 直接の介護者は義母で、私はその手伝いです
-
-
【薬の効果なし】突然の痙攣から乗り越えてきた壁の数々
約5年前の話ですが、今も通院して薬を飲んでいます。 5年前の5月下旬に食欲が落ちたり様々な症状があ
-
-
【介護の闇】祖母を孫の私が介護している素直な感想
祖母(86歳)の介護を孫である私がしています。 デイサービスとショートステイを利用しています。
-
-
【被害妄想】祖母の介護を通じて知った認知症の症状
私の祖母は現在80歳で特別養護老人施設に入所しています。 疾患名は認知症と大腿骨転子部骨折手術後で
-
-
【涙腺崩壊】大学受験を控えた高校生が祖父の介護をしていた話
30年前、高校生の時に祖母と母と一緒に祖父の介護をしました。 私が高校3年の春、一駅向こうに住
-
-
【緊急入院】2歳の愛娘を襲った川崎病の症状と治療の体験談
今から2年前、当時2歳半の娘が川崎病を発症し入院しました。 川崎病は、原因不明の病で主に0歳か
-
-
【闇深】ホームヘルパーとして訪問介護をしていて考えさせられること
私の就職活動時代は超氷河期だった上に介護保険法が始まった頃でもあったので、手に職を、と思い通信教育(