義祖母はアルツハイマー!嫁の私が認知症介護をした体験談
私は結婚後に主人の実家でしばらく同居をしていました。
主人の実家には認知症の義祖母がいました。
そのほかにも主人の両親もいましたが、義母と義祖母の仲は悪く、義祖母は十分な介護を受けていない状態でした。
私は結婚前に医療系の仕事をしていたので、義祖母の介護を私がすることになりました。
周りのサポートと、介護認定がスタートライン
義祖母の認知症の程度は、排泄は自力ではできず、紙パンツを使用し、義母義父以外の人は認知していないようで、孫である主人や私のことはわからないような様子でした。
義祖母が認知症を発症したのは私たちが結婚する5年ほど前のことでした。
元々外出が好きで、人の世話を焼くことも好きな人でしたが外出も減って、金銭的な被害妄想がひどくなり、病院へ行くとアルツハイマー型認知症と診断されたそうです。
義母は義祖母が認知症と診断されてもどこへどう相談すれば良いのかわからず、そのままにしていたそうです。
また、義祖母自身が病識がない状態でしたので介入はとても難しかったそうです。
私がまず行ったのは居宅介護サービスの利用のためにケアマネージャーを探し、介護認定を受けることでした。
デイサービスを導入すると、身の回りの状況がわかるようになります
幸いとてもいいケアマネージャーに出会うことができ、要介護3の認定を受けました。
すぐに週3回のデイサービスと月1回2泊3日のショートサービスの利用が始まりました。
義祖母がデイサービスへ行っている間に義祖母の部屋の片付けを行っていました。
義祖母の部屋の押入れから大量の汚れた衣類や、食べ物の残飯など出てきました。
義母に聞くと、義祖母が家にいるときは部屋に入れてもらえず、匂いは気になっていたが何もできなかったと言っていました。
義祖母が家にいる時は部屋から出てこず、食事も部屋まで持って行き、トイレも紙パンツを使用しているためトイレにも出てきませんでした。
デイサービス導入時も初めは拒否も激しく、いけない日も多々ありました。
デイサービスの職員の方や、ケアマネージャーさんの協力もあって徐々に拒否せず、デイサービスのない日でも、いこうと準備をするようになっていました。
危険が迫る前に、養護施設という選択肢も
2年前から主人の転勤を機に主人と私は実家を出ました。
しばらくは義母が義祖母の世話をしていましたが、義母が世話を始めてから2ヶ月ほどで義祖母は心筋梗塞を起こして、入院することとなりました。
その後一命を取り留め、後遺症もなかったのですが内服の管理が難しく、義母の強い希望もあり、特別養護老人ホームへの入所が決まりました。
メインの介護者が変わることで提供されるサービスが変わることは仕方ないと思っているのですが、実家には帰っても義祖母がいないと思うと少し寂しい気持ちになります。
家族を気遣うことも重要ですが、なにより介護される本人の気持ちを最優先してサービスを提供していただきたいと思っています。
介護に困って相談したい人はたくさんいると思います。
私の場合はとてもいいケアマネージャーさんとデイサービスの職員さんに出会うことができとても助けてもらい感謝しています。
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