【切迫早産】入院が出産近くまでずっと続いていた私のケースをお話しします
結婚して子供を二人授かりました。
自分自身はそれまで病気などなく、健康に暮らしていました。
ですので妊娠期間中も特に体に気を遣うことなく普段通りの生活をしていましたが、まさか切迫早産で二か月も入院生活を送る事になるとは想像していませんでした。
切迫早産で入院..繰り返す点滴の辛さ
フルタイムで仕事をしていましたので、産休に入った次の日の明け方にお腹の調子が悪くなり、切迫早産と診断され、そのまま入院になりました。
お腹の張りが止まらず、24時間ウテメリンの点滴をしており、お風呂も20日間入れませんでした。
点滴を始めて一週間位はお腹の張りがおさまっていた為、点滴の濃度を下げようと先生より指示があり、このまま濃度が下がっていけば次は飲み薬になるので退院も可能だと言われました。
しかし、濃度を下げるとお腹の張りがあり、また濃度を上げる事になりました。
結局、点滴の濃度を上げたり、下げたりの繰り返しでした。
つらい点滴生活だったけど・・・すべては新しい命のため!
両方の腕には針のあとが20ヵ所以上できて、もう腕に針を刺す所がなくなったので手の甲にも刺していました。
新人の看護師さんが点滴を変えにきた時に2回失敗して、腕が腫れてしまいました。
言いにくかったですが、他の看護師さんに代わってもらうようお願いして、3回目でやっと成功しました。
年末からの入院だった為、お正月も病院で過ごす事になり辛かったです。
先生や看護師さんからはお腹の赤ちゃんの為と思って頑張りましょうと励まされました。
正産期に入るまで点滴を外す事なく退院となりました。
予想外!退院後にすぐに陣痛が!準備も追いつかず・・・
退院の時に先生からはあなたは点滴を外してもすぐに陣痛はこないだろうと言われていましたが、退院して二日目で陣痛がきてそのまま出産となりました。
入院中はトイレ以外はずっと寝たきりでベッドの上での生活で、お産のイメージができていないままの出産となりました。
足腰も弱っており、踏ん張りたいが中々体力がついてきませんでした。
妊婦さんは妊娠後期に歩いたりする事があるみたいですが、私の場合それは全くなく、体力が一番落ちている時のお産だったので大変でした。
先生から一人目で切迫になると二人目もなりやすいと言われて、今度は気を付けて生活しようと注意していましたが、やはり二人目も切迫早産で入院してしまいました。
二人目は二週間で一度退院しましたが、退院して3ヵ月後にまた入院となりました。
もちろん24時間点滴でした。
健康と体力には自信がありましたが、妊娠を軽くみてはいけないと考えさせられる体験となりました。
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