【涙腺崩壊】大学受験を控えた高校生が祖父の介護をしていた話

公開日: : 最終更新日:2017/04/09 介護・医療


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30年前、高校生の時に祖母と母と一緒に祖父の介護をしました。

私が高校3年の春、一駅向こうに住む祖父に余命宣告が出されました。
お正月を越せるかどうか、長くても春までと言われました。
完全介護ではない病院に入院していました。

受験と家事に追われる日々に・・・

祖父はお坊ちゃま育ちで結婚するまでお手伝いさんが何人もついていました。
結婚後は全て祖母が家事や身の回りのことをしていたので何一つ身の回りのことができませんでした。

宣告を受けた時はベッドに座ることとトイレに行くこと位しかできない上、軽く痴呆症が出てきていました。
祖母と母が交代で病院へ詰めて世話をしていました。

一人では何もできない祖父なので朝から就寝まで誰かがついていないといけない状態でした。私の父は単身赴任だったので家のことは私と妹でしていました。

秋になると勉強と家事が結構しんどくなりました。

受験と家事に追われる日々に・・・

祖母も母も疲れ、祖父の世話をヘルパーさんにお願いしたら祖父がとても嫌がりました。

祖母は体が丈夫ではなく喘息持ちでした。
このままでは私の受験どころではなくなる、祖父が春まで生きて私が全落ちしたと知ったら悲しむに違いないと、家族会議が開かれ急遽滑り止めの私大を学校推薦で受験しました。

11月に合格がわかり祖父に報告するととても喜んでくれました。

祖母と過ごした介護の日々

それから私は祖母と5か月同居しました。

朝、母が病院に行っている間、祖母と洗濯掃除、買い物をし祖父の好きな物を一緒に作ります。
お昼前に徒歩20分の病院にお弁当を持って病院へ行き母と合流し、祖父にご飯を祖母が口に運んで食べさせている間に母とお弁当を食べ、祖母がお弁当を食べている間に持って帰る洗濯物を詰めたり、シーツを替えたりしました。

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その後母は一旦帰宅します。
母が帰ったらトイレの世話、飲み物の世話、身体を拭いたりをしました。
寝たきりになると困るので車いすに乗せて院内を散歩したり、お天気が良い日は外に連れ出すのが私の役割でした。

たわいのないことを話しながらウロウロしました。
痴呆症は出ていたそうですが結構会話は成り立ちました。

3時半頃一旦私だけが祖母の家に帰宅しました。
母が朝から持参してくれた夕食のおかずを持って帰り、洗濯物を取り入れ、お米を洗い、お味噌汁を準備するためです。
6時頃また歩いて病院へ祖母を迎えに行きました。

祖父の夕食、歯磨き、洗顔、トイレの手伝いをしたら7時半になります。
「また明日来るからね」と帰ろうとすると祖父は子供みたいに駄々っ子になりぐずぐず言って帰らそうとしません。
それが毎日でした。

看護師さんが何とかなだめてくれたりそれでもだめな時は時間を延長したり、母が急遽やってきたりしました。
帰りは真っ暗な道を祖母とおしゃべりしながら歩きました。
とても寒かったのを覚えています。

遅い夕食を取った後は祖母は疲れるのかすぐにお風呂に入って寝ていました。
その後私はリビングでテレビを見たり、勉強をして過ごしました。

孫の成長を、最期まで喜んでくれた祖父

4月になると自宅に戻りました。大学生活が始まるからです。
大学入学後は金曜から日曜は祖母の家に泊まり介護をしました。

祖父は大学の事を聞きたがりました。
すごく楽しいこと、どんな勉強をしているかをニコニコ聞いてくれました。
孫は英語が得意で学校推薦で大学合格したのだと看護師さんに誇らしげに語っていたそうです。

体は動かないし多少痴呆は出ているけれどこのまま長く持つのではと期待していましたがゴールデンウィークに亡くなりました。
第一志望の大学を受けていたらどうだったかなと思うこともありますが推薦で早く決まったことでどの孫よりも密に祖母と一緒に祖父の最後までを過ごせたことはとても良かったことだと思っています。

かけがえのない時間でした。

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